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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)2641号 判決

原告(反訴被告)

岩田三奈子

被告(反訴原告)

和田浩

主文

一  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金五八五万三九八九円及びこれに対する昭和五七年八月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じこれを三分し、その二を原告(反訴被告)の負担、その余を被告(反訴原告)の負担とし、参加によつて生じた費用は補助参加人の負担とする。

五  この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴

1  請求の趣旨

原告(反訴被告、以下本訴及び反訴を通じ単に「原告」という。)と被告(反訴原告、以下本訴及び反訴を通じ単に「被告」という。)間に、昭和五七年八月二八日午後一一時五五分ころ愛知県知多郡武豊町字下山ノ田九六―二五先T字型交差点において発生した交通事故につき、原告は被告に対し何等の損害賠償債務も負担していないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  反訴

1  請求の趣旨

原告は、被告に対し、金一三七五万一五九七円及びこれに対する昭和五七年八月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

被告の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 被告は、原告に対し、請求の趣旨記載の交通事故に関し、損害賠償債権を有すると主張している。

2 しかしながら、本件事故(具体的内容は別紙事故目録記載のとおり)によつて、被告に生じた損害はすべて填補されている。すなわち、本件事故により被告は両大腿骨骨折、出血性シヨツク、外傷性小腸膜間膜裂傷等の傷害を負い名古屋掖済会病院へ入・通院して加療し、昭和五九年一二月一九日症状固定と診断されたものであるが、本件事故は原告及び補助参加人の過失と被告の徐行義務違反の過失とが競合して発生したのであるから、被告の損害額の算定については、過失相殺をすべきところ、過失相殺後の損害額は金三二五二万七〇八四円を超えることはない。しかるところ、被告は、既に損害の填補として右同額の金員の支払を受けている。

よつて、原告は被告に対し、本件交通事故に基づく損害賠償債務の存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1は認める。2の事実中、補助参加人に関する部分はすべて不知、被告に過失ありとする点は否認し、その余の事実は認める。

三  抗弁

1 交通事故の発生

被告は、本件交差点付近を西から東に向つて被害車両(以下「被告車」という。)を運転走行していたところ、東から西に向つて走行していた原告運転の加害車両2(以下「原告車」という。)が突然進路を道路右側(北側)に変更したため、両車両は同交差点内において正面衝突し、被告は両大腿骨骨折、出血性シヨツク、外傷性小腸膜間膜裂傷等の傷害を受けた。

2 原告の責任

原告は、対面信号が、黄色の点滅表示であつたのだから他の交通機関に注意して、道路左側を走行しなければならないところ、本件交差点付近において、不注意にも、突然道路右側(北側)へ進路を変更し、先行車の右横側に出るようにして道路中央を大幅に右側へはみ出し被告の進路をふさいだ上、被告車に原告車を衝突させ、被告に右傷害を負わせたものである。したがつて、原告には不法行為責任及び原告車の保有者として自動車損害賠償保障法第三条の責任がある。

3 被告の損害 合計金四七二三万五六六〇円

被告は、右傷害により、昭和五七年八月一九日から昭和五八年三月二五日まで及び昭和五九年五月一六日から同月二三日まで名古屋掖済会病院に入院、昭和五八年三月二六日から昭和五九年五月一五日まで同病院に通院(実日数六五日)し、同年一二月一九日症状固定となつた。

(一) 治療費 金二五二五万一四九四円

(二) 入院付添費 金一〇七万一〇〇〇円

被告は、合計二一七日間入院し、その間付添看護を要した。その付添単価は一日四五〇〇円(危篤状態にあつた当初三週間は一日九〇〇〇円)が相当である。

(三) 入院雑費 金二一万七〇〇〇円

一日金一〇〇〇円の二一七日分

(四) 通院費 金二四万七〇〇〇円

一日金三八〇〇円の六五日分、ただし、現実に支出したのはタクシー代、電車代、自家用車使用分を含め金三四万五九八五円を下らないが、その一部を請求する。

(五) 休業損害 金二七一万一九三四円

事故後症状固定の昭和五九年一二月一九日まで四九一日間休業した。被告の大工見習の収入は一日七〇〇〇円であり一か月平均二四日間稼働していた。

(七〇〇〇(円)×二四(日)×一二)÷三六五(日)×四九一(日)=二、七一一、九三四(円)

(六) 傷害慰謝料 金二九〇万円

(七) 後遺障害慰謝 金三四〇万円

被告は、右足関節運動傷害(第一二級)、左下肢一センチメートル短縮(第一三級)、左足背、下肢知覚傷害等の障害を負つた(併合等級第一一級)。なお、被告は右の外、その臀部、大腿部に著しい手術創を残し、また水腎症を残している。右後遺障害による精神的苦痛を慰謝するためには、右金額が相当である。

(八) 逸失利益 金一〇一五万三二三二円

被告は、右後遺障害により労働能力の二三パーセントを喪失した。すなわち、原告は一日当たり大工見習として七〇〇〇円の収入を得ていたもので、本件事故がなければ一日当たり九〇〇〇円一か月二七万円程度の収入をあげ得たものであるところ、本件事故によりトラツク助手として稼働するほかなくなり、かつ、健常者であれば助手であつても一か月二七万円程度の収入をあげ得るのに、右後遺障害により一か月二〇万円程度の収入にとどまつている。したがつて、その労働能力は少なくとも二三パーセントの喪失があるというべきである。そこで基準収入を控え目にみてセンサスによつて計上し逸失利益を算出すると次のとおりとなる。

一八〇万八〇〇〇(円)(賃金センサス昭和五九年第一巻第一表、中卒男子の一八~一九歳平均年収)×〇・二三×二四・四一六二(就労可能年数四九年間の新ホフマン系数)=一〇一五万三二三二(円)

(九) 物損 金二八万四〇〇〇円

本件事故により全損した被害車両分

(一〇) 弁護士費用 金一〇〇万円

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実については認める。

2 抗弁2の事実については事故態様を争いその余は認める。なお、原告の進路変更は補助参加人の交差点進入に基因するものである。

3 抗弁3の事実のうち、名古屋掖済会病院への入院期間、通院期間及び症状固定日並びに(一)の事実及び(七)の事実中、なお書以外の後遺障害については認め、その余はすべて争う。

五  再抗弁

1 原告は、被告に対し、損害の填補として、金三二五二万七〇八四円の外、物損分として二八万三四〇〇円を支払つた。

2 被告は、本件事故の際、対面信号が黄色点滅であつたので徐行する義務があるにもかかわらず時速八〇キロメートルで走行していたのであるから、少くとも三割を過失相殺すべきである。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁1の事実のうち、金三二五二万七〇八四円が支払われたことは認め、その余は不知。

2 再抗弁2の事実は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 交通事故の発生については、本訴抗弁1に同じ。

2 原告の責任については、本訴抗弁2に同じ。

3 被告の損害については、本訴抗弁3に同じ。

よつて、被告は原告に対し、右損害の合計額金四七二三万五六六〇円から損害の填補として受領済みの金三二五二万七〇八四円を控除した金一四七〇万八五七六円の内金一三七五万一五九七円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五七年八月二八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

本訴抗弁に対する認否と同一である。

三  抗弁

本訴再抗弁1及び2と同一である。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実のうち、被告が原告から金三二五二万七〇八四円の支払を受けたことは認める。その余は不知。

2 抗弁2の事実については争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一本訴請求について

一  請求原因1の事実については、当事者間に争いがない。

二  抗弁1(交通事故の発生)の事実及び同2(原告の責任)の事実中、事故態様を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

しかして、右の争いのない事実と、成立に争いのない甲第三、四号証及び乙第一号証(いずれも原本の存在及び成立共)並びに原告及び被告の各本人供述を総合すると、本件事故の態様につき次の事実を認めることができる。

1  原告は、本件交差点中央から約二五メートル手前付近で前方交差点の黄色点滅信号に従い時速四〇キロメートルの進行速度をエンジンブレーキによつて減速進行し約一五メートル進行した辺りで前方約四三メートル付近を対向してくる被告車を発見し、ついで左方(南方)道路から進行してくる補助参加人運転の加害車両1(以下「参加人車」という。)に気付いたが、同車が赤色点滅信号に従い交差点直前で一時停止するものと思い、アクセルに足を乗せやや加速して進行した。

2  ところが、参加人車が交差点直前で停止することなく交差点内に進入するように見えたところから、同車との衝突を避けようとして急拠ハンドルを右に転把し急ブレーキをかけ停車したところ、折から交差点を東へ対向進行してきた被告車に自車右前部を衝突させた。

3  他方、被告は時速約七〇キロメートルの速度で被告車を運転し本件交差点に向け東西道路左側(北側路端から一・五メートル付近)を西方から東方へ進行し、対面信号が黄色点滅であるのを見て交差点手前で速度をややおとして交差点内に進入したが原告車が突然進路を変え自己進路前方へ突出してきたので衝突を避けるいとまもなく原告車と衝突した。

4  右衝突地点は、本件交差点のほぼ中央で北側路端から一・二メートルの位置(ちなみに、原告車進行道路の幅員は五メートル、被告車のそれは五・八メートル、参加人のそれは六メートルである。)である。

5  本件事故発生時の参加人車の位置は、交差点内に前部がやや進入した衝突地点から四・五メートルの位置にあつた。なお、速度制限時速四〇キロメートルとの交通規制がされている。

なお、被告の本人供述によれば、時速四〇キロメートル位で進行してきたというのであるが、右供述によつても警察官の事情聴取の段階ではもつと高速で運転していたことを肯認する旨の供述をしていたことが認められ、また、前掲各本人供述と右乙第一号証に示された各車両の位置関係からすると、被告車の速度が時速七〇キロメートル程度であると認めるのが相当であり、被告の本人供述中右に反する部分は措信することができない。

三  抗弁3(被告の損害)の事実について

1  (一)の治療費二五二五万一四九四円については、当事者間に争いがない。

2  (二)の入院付添費については、成立に争いがない乙第三ないし第五号証(乙三、四号証は原本の存在及び成立共)及び被告の本人供述によれば、近親付添費として入院期間中一日につき三五〇〇円とするのが相当であると認め得るから、二一七日間で金七五万九五〇〇円となる。

3  (三)の入院雑費については、一日につき七〇〇円が相当であり、金一五万一九〇〇円となる。

4  (四)の通院費については、通院実日数が六五日であることは当事者間に争いのないところ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七、八号証及び乙第一〇号証ないし第二二号証(各枝番を含む。)を総合すると、少なくとも電車賃八四〇円の六五日分五万四六〇〇円のほか、タクシー代合計一四万六一八〇円総計金二〇万〇七八〇円を要したことが認められる(右第七、八号証中右認定を超える部分は通院日数、領収証と矛盾する部分があり採用することができない。なお成立に争いのない乙第五号証からすれば、通院にタクシーを使用したことは相当であると認められる。)。

5  (五)の休業損害について判断するに、成立について争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二七、二八号証及び被告本人供述を総合すれば、被告は事故当時大工見習として日給七〇〇〇円で、昭和五七年四月から八月まで事故による休業の多かつた六、七月を除くと月平均二三日間稼働していたことが認められるところ、本件事故による休業日数が四九一日間にのぼるとする点についてはこれを認むべき的確な証拠はないが、少なくとも入院日数二一七日の外、通院実日数六五日の二倍である一三〇日程度は休業を余儀なくされたであろうことは経験則上明らかというべきであるから、休業日数を右合計三四七日とすると、被告の休業損害は、次のとおり金二四二万九〇〇〇円となる。

七〇〇〇(円)×三四七(日)=二四二万九〇〇〇(円)

6  (六)の傷害慰謝料(入通院分)については、金二〇〇万円が相当である。

7  (七)の後遺障害慰謝料について判断するに、当事者間に争いのない、被告が右足関節運動傷害(第一二級)、左下肢一センチメートル短縮(第一三級)、左足背、下肢知覚傷害等の後遺障害(併合等級第一一級)を負つていること、前掲乙第五号証、成立に争いのない乙第六号証及び乙第九号証により明らかな被告は右の外その臀部、大腿部等に著しい手術創を残し、また水腎症を残していることを併せ考えると右後遺障害の慰謝料としては金二五〇万円が相当である。

8  (八)の逸失利益について判断するに、前認定のとおり、被告は本件事故前大工見習として日給七〇〇〇円を得て月平均二三日間稼働していたものと認め得るところ、被告の本人供述によれば、被告は本件事故による後遺障害のため、事故後は大工見習として稼働するのを断念し、昭和六〇年暮れころから運送会社でトラックの運転助手として稼働し、月平均二〇万円程度の収入を得ていることが認められるが、他方、大工見習として稼働していれば、退院時点において大工見習の収入は日給九〇〇〇円程度に上昇していたことが認められるから、右の事情と前記の当事者間に争いのない後遺障害の内容と程度を併せ考えると、被告は昭和五九年一二月一九日に症状固定(当事者間に争いがない。)となつたが、右後遺障害によりその労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

そこで、被告主張の方式により賃金センサス昭和五九年第一巻第一表、中卒男子の一八~一九歳平均年収を基礎に就労可能年数四九年間として被告の逸失利益を計算すると、次のとおり、金八八二万八八九七円となる。

一、八〇八、〇〇〇(円)×〇・二×二四・四一六二=八、八二八、八九七(円)

9 (九)の物損については、成立に争いのない甲第二号証(原本の存在及び成立共)により金二八万三四〇〇円と認めることができる。被告の本人供述中右認定に反する部分は右証拠に照らし採用できない。

以上、被告の損害(一)ないし(九)の総合計額は金四二四〇万四九七一円となる。

四  再抗弁事実について

1  再抗弁1(弁済)の事実のうち、被告がその損害のうち、既に金三二五二万七〇八四円の填補を受けたことについては、当事者間に争いがない。しかして、前掲甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、右の外物損分二八万三四〇〇円もまた受領済みであると認めることができ、右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

2  再抗弁2(過失相殺)の事実について判断するに、前記二で認定したところからすれば、本件事故は第一義的には参加人車に気付きながら信号に従い徐行義務をつくすことなく進行し、参加人車の動静に対する的確な判断を誤り参加人車が停止することなくそのまま交差点内を進行するものと速断し、ハンドルを転把し道路中央を越え右側にはみ出した原告の過失に基づくものというべきであるが、同様に徐行義務を十分つくすことなく進行してきた被告の過失(前記二に掲記の各証拠によれば、被告においてこれをつくしていれば、結果回避の可能性があつたと認めることができる。)もその一因をなしているということができ、前認定の事故態様及び過失内容に照らせば、一〇パーセントの過失相殺を認めるのが相当である。

五  小括

以上により、被告の損害額金四二四〇万四九七一円から過失相殺分及び既払分を減ずると、原告が被告に対し、なお負つている損害賠償債務は金五三五万三九八九円となる。

(四二、四〇四、九七一(円)×〇・九)-(三二、五二七、〇八四(円)+二八三、四〇〇(円))=五、三五三、九八九(円)

したがつて、原告の本訴請求は理由がない。

第二反訴請求について

一  本訴請求に対する認定説示したところから明らかなように、被告の原告に対する本件事故に基づく損害賠償債権は、前認定の金五三五万三九八九円となる。

しかして、弁護士費用については、本件事案の難易、請求額及び認容額など諸般の事情を斟酌すれば、金五〇万円をもつて本件事故と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

二  以上によれば、被告の反訴請求は、原告に対し、金五八五万三九八九円及びこれに対する昭和五七年八月二八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、その余は失当である。

第三結論

よつて、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は、前認定の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条及び九四条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野精)

事故目録

一 発生日時 昭和五七年八月二八日午後一一時五五分ころ

二 発生場所 愛知県知多郡武豊町字下山ノ田九六―二五先T字型交差点(以下「本件交差点」という。)

三 加害車両 1 普通乗用自動車(名古屋五二み三三一七)

2 普通乗用自動車(名古屋五〇い一九五八)

四 右運転者 右1 補助参加人 友永豊美

右2 原告

五 被害車両 自動二輪車(名古屋め一六二〇)

六 右運転者 被告

七 被害者 被害車両運転者である被告

八 事故の態様 被告が自動二輪車で西から東に向かつて進行し、原告が東から西に向かつて進行し前記事故現場へさしかかつたところ、T字型の交差点へ南方向から進行した補助参加人運転の自動車が原告の直前へ現れたため、同人との衝突を避けようと進路を変えた原告の自動車と被告の自動二輪車が衝突した。

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